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August 15, 2008

ニコ動は才能の無駄遣いか

同じ記事に複数のトラックバックを張るのはいかがなものかと自分でも思うのだが。まあいいや。

今回は、「才能の無駄遣い」について。

せんとくんに対抗してまんとくんが公募されたときも、「偉大なる才能の無駄遣い」などと揶揄された。

You Tubeやニコニコ動画上に膨大に流れている、MADと称される2次創作作品も「才能の無駄遣い」と言われる。

これらは本当に、才能の無駄遣いなのか。

「才能の無駄遣い」という言葉には、「そこに才能がある」ことが前提になっている。そもそも、才能が存在しなければ、無駄遣いでもなんでもない。よって、MADが才能の無駄遣いなのか判断するには、「才能」を定義しなければならない。

では、才能の定義とは?

定義付けなどというメンドクサイことは、このブログではやりません。悪しからず。そういうことは哲学者か国語学者にでも任せておけばよろしい。


とはいえ、「無駄遣いかどうか」について、個人的な意見を述べると

「才能の有無に関わらず、誰でも一生に一度は、傑作が作れるものだ」
「一人では作れるものに限界があっても、多くの手が重なることで、面白いものに変化して行くこともある」

ということになるだろうか。

偶然作れた傑作ならば、そもそも才能があったかどうかという問題ではないので、無駄遣いではない。継続して面白いものを作り、発表し続けることができれば、自然と陽が当たり、プロになることもある。

「才能云々」に関して言えば、ニコ動やYou Tubeの登場は、「新しい登竜門」の出現でしかない。

クリエイターを目指す人にとって、入り口は多い方が良い。

そういう意味で、CGMは歓迎され、評価されるべきだと思う。


な〜んてことを一応書いてみたが、ぶっちゃけると、ニコ動こそ「面白ければそれで良い」メディアであり、「才能云々」を論じること自体がナンセンスなのである。

テレビは、非常に受動的なメディアである。スイッチをつければ、テレビ局が決めた編成通りに番組が垂れ流されてくる。一方、ネットは自力で面白いコンテンツを探さなければならない、能動的なメディアである。だから、ネットこそ面白くなければならないし、テレビであれば受け手であるだけの視聴者が、自ら「面白くしよう」と参加するのである。

そこに、一人一人の才能など、関係ない。「意思」があるだけだ。


「言ってることがメチャクチャやん」

というツッコミが聞こえそうだが、そこはそれ、「ホンネとタテマエ」ということで。

「ただ面白そうだからやりたい」ことに「それらしい理屈を引っ付ける」ことも、広告屋には大事な才能なのである。

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